環境改善レポート

はじめに

皆様からのご支援をいただき、2018年12月22,23日に「大地の再生講座 in 吉田町 ~みかん山減災大作戦~」を開催することができました。
本当にありがとうございました。

平成30年7月豪雨で崩れたみかん畑に環境再生医の矢野智徳氏を招き、大地の再生の手法による環境再生・減災施工をしてから3年5ヶ月の月日が流れました。

みかん山の土砂災害への不安を、次の世代に残したくない!

崩れたみかん山の一角で実施した「大地の再生」の現場はどうなったのか、被災現場や多くのみかん畑はどのように復旧されたのか、記録写真を中心にご報告します。

目次

「大地の再生講座 in 吉田町」について

大地の再生講座や当日の施工内容ついては、イラストレーター・ライターの大内正伸氏のブログ記事が非常に分かりやすいので、そちらをご覧ください。

大地の再生@宇和島市吉田町/1,急傾斜崩壊地の抵抗柵の作り方

大地の再生@宇和島市吉田町/2,みかん山作業道の再生

また、愛媛新聞にも2度掲載していただきました。

大地の再生現場

土砂崩れの原因と対策

土砂崩れの原因と対策については、先の愛媛新聞記事(2018/12/23付)より引用します。

豪雨で土砂崩壊した箇所で矢野さんは「上部からの泥水がコンクリートの作業道を伝い、勢いが衰えることなく流れこんで崩落した」と分析した。

減災対策として、土留めの整備や縦横方向への水路の確保を挙げたほか、崩れた部分も適切な処置を行うことで水や空気の抜け道として活用できると説明した。
被災した土地の復旧については「水と空気の循環を向上させ、自然環境を健全に戻すことが不可欠だ」と伝えた。

崩落斜面

上から泥水がなだれ込むことで崩落した斜面に対し、木杭と竹を合わせた抵抗柵を設置した。
裏側には、みかんの樹などの枝葉を重ねることで、泥こしをしている。
ビーバーの巣のように組んだだけの簡単な施工である。

施工後から大きな変化は見られないことから、地形や抵抗柵が安定していることが伺える。
また、斜面には小さな筋が増えており、水の勢いが弱まり、流れが分散されていることが分かる。
そのため、雨が降っても泥水は発生していない。
嬉しいことに、写真中央左にある苗木も順調に育っている。

しかし、写真手前の園内道は運搬車が通るため、ウッドチップが徐々に流失してしまい、裸の地面になってきている。
ここには点穴を掘って、枝葉も噛ませたが、それも潰れてしまった。

猪の水飲み場

水の吹き出し口ができて、広くぬかるんでしまった箇所。
猪がよく現れる。
泥水への対策として、抵抗柵を設置し、炭とウッドチップを撒き、泥こしに笹を敷き詰めた。

施工後、ぬかるみは狭まったが、1年目の梅雨明けに笹の葉がなくなってウッドチップが流失すると、また広がり始めた。
1年を経過する頃まで、水は比較的綺麗だったが、徐々に停滞が起こり、コケが発生しだした。
そして2年目の夏には、猪が現れて水飲み場を作ってしまった。

同年の秋、台風の影響で土砂が落ち、柵も壊れ始めた。
また写真外になるが、下流部に水の流れによって斜面が掘削される箇所ができてしまった。

周辺環境

大地の再生現場の周辺の環境に、大きな変化は見られなかった。
周囲にも馴染んでいる。

園主を含め、周辺の農家さんは慣行農法でみかんを栽培しており、農協の指導に沿って肥料や農薬を使っている。
高齢化や栽培面積も広いことから、雑草対策は除草剤を使用する傾向が強い。

現代のみかん山の風景は、このような農の営みが築いたものである。
裸の地面が多くなり、舗装農道も増えたため、条件的には崩れやすいと言える。

農地復旧工事

豪雨で崩れたみかん山で行われている農地復旧工事について、大地の再生の手法との違いを見ていきます。

みかん山の土砂崩れ現場

みかん山の水脈に沿って土砂崩れを起こした現場。
真下に空き家があったので、畑との間に高さ 3m ほどのコンクリート擁壁が建っていた。

復旧工事は造成地のように行われ、谷は直線に整地されてしまった。
元々の自然地形や、崩れた痕跡(谷筋と水脈)は分からなくなってしまった。

園主は、以前より作業し易くなった、と言っている。

この現場は、豪雨から1ヶ月後に、矢野氏に見立てをしていただいた。
その時の様子は、大内氏のブログ記事をご覧ください。

大地の再生@宇和島市吉田町/ミカン山崩壊その原因と対策

土留め工事の手法

2021/12/06 撮影(豪雨から3年5ヶ月)

斜面の上流と下流で、工事の内容が異なっている。

下流の重機が入る箇所では、谷を埋めて造成をした後、石籠を積み重ねていく工法が採られた。
床面は、重機の侵入もあって転圧されたようで、締め固められた状態だった。

上流の重機が入れない箇所では、丸太を横に重ねた砂防柵が谷を横断するように設置された。

規格化された農地復旧の工法

別の現場でも同様の復旧工事がなされている。
多くの農地復旧に、この工法が適用されていると思われる。

大地の再生の手法との比較

大地の再生の手法との違いから、問題点を考察する。

1. 崩れた原因と痕跡(谷筋や水脈)が分からない

崩壊のプロセスは原因究明の鍵になり、その爪痕は自然現象が納まった形である。
そのため、崩れた地形を生かすことが再生と減災へ繋がる。

2. 土砂を留める事しか対策がなされず、水の流れ(水脈)に対するケアはない

沢山の土砂をせき止める構造より、日々、空気と水の流れを弱めたり分散させる抵抗柵で対策する。
さらに、斜面の変わり目に溝や点穴を掘ることで、空気と水の通り道を確保している。
(今も残る石積みの段々畑には、その構造が見てとれる)

3. 人の都合ばかりが優先されているので、自然が持つ機能や多様性が損なわれる

大地の再生の手法は、自然の機能を高めることを重視しているが、こちらは環境をコントロールすることを重視している。

行政による災害復旧工事

被災した現場の復旧工事について見ていきます。

また、矢野氏と同様に、土中の水と空気の健全な循環という考えを持ち、独自に活動されている、高田宏巨氏の著書「土中環境」が大変参考になりますので、合わせてご紹介します。

土石流発生現場

山の中腹と麓が崩落し、下流域では土石流が発生した。
(この3つの崩壊は連動しているのではないか、とも考えられる)

ここには浄水場があったため、吉田町は豪雨後1ヶ月間断水となった。
新しい浄水場は、さらに 1.5km 下流に設置された。

土砂の撤去、道路と護岸の復元といった「前の状態に戻す」工事がなされた。

復旧工事について、土中環境から引用をします。(P162)

 環境の自律的な安定のためには、崩壊後の復旧工事によって、土中の水脈環境を再び停滞させてしまってはいけません。
「復旧」ではなく、「安定する環境の再生」という古来の視点が必要になります。

ところが、現代の斜面崩壊復旧工事や急傾斜地崩壊の予防対策においては、表層水として目に見える部分の水を排水として処理し、斜面を固めます。
そして土中の滞水については、有孔管を用いた暗渠へと誘導し排水しようとします。

そのように本来なら土中環境を涵養するべき水を遮断して排水すれば良いという考え方では、土地は育たず、斜面の安定を失いかねません。

主要国道沿いの崩落現場

2020/01/22 撮影(豪雨から1年6ヶ月)

主要国道沿いの崩落箇所で、最優先で工事がなされた現場。
豪雨から約1年5ヶ月の間、この工事のよる片側交互通行が続いた。

崩落現場をコンクリートで固めることの影響について、土中環境から引用をします。(P161)

 土砂の崩落現場を目の前にすると「コンクリートで固めていなかったから崩れたのでは?」と思ってしまいがちです。
ところが、水脈の集中する箇所においては、斜面表土の状態や植生変化を観察すると、コンクリート擁壁による谷部分の水脈の停滞が、崩壊を招く一因になっていることが、明らかに説明できるのです。

 谷部の土中滞水によって土壌の安定構造が崩れて生じた土圧が、擁壁脇を崩壊させていきます。
そしてそこに新たな谷地形を形成することで、自然は水脈機能を自律的に再生しようと働くのです。

砂防ダム建設現場

2021/09/09 撮影(豪雨から3年2ヶ月)

谷間を登る農道と竹藪があったが、そこが崩れてしまった。
人家のある谷の崩落箇所では、このように砂防ダムが次々と設置されつつある。

砂防ダムの影響について、土中環境から引用をします。(P84)

 こうした砂防目的のコンクリート構造物は、谷筋を流下する土砂をせき止めるという点で効果があることは事実です。
しかし、これらの構造物は土砂の発生そのものを防止または緩和するという視点はもともとないのです。

 砂防ダムや治山ダムが山地の地下水脈と連動する谷筋に土砂を堆積して水脈の湧き出しをせき止めてしまうため、流域における土中の滞水は広範囲に及ぶことになります。
それがやがて大きな崩壊を引き起こすことにつながるリスクを内在するということを、これまでに述べてきました。

おわりに

園主の声

2019年7月、 施工から8ヶ月経過した頃に園主から話を伺った。

今回の梅雨で崩れたりはしなかった。

みかんの樹の生育が良くなった、という感じは特にない。
豪雨と土砂崩れで樹が弱ってしまったので、まだ持ち直している最中だろう。
そのため、少し多めに施肥しているが、雑草の成長も早く除草剤を散布しないとしょうがない。

水が引くのは早くなったと感じる。
綺麗な水が出るようになったということは、みかんの樹が水と栄養をちゃんと吸収している証拠。

猪が出なくなっただけでも助かった。
畑が歩きやすくなった。
困ったことやデメリットはない。

まとめ

豪雨後、吉田町各地で崩れたみかん山の姿に、僕は人災であると感じました。
あれほどの災害だったのにもかかわらず、僕ら農家は同じ栽培と対策を繰り返しています。
行政の復旧工事も同様です。
災害は、数年後にまた繰り返すと考えています。

大地の再生講座を開催できたことは本当に意義のあったことですが、地元農家の参加者がほとんどいないという結果に終わりました。
原因や責任を考えなくて済み、助成もある農地復旧工事を選択するのは、現代農業では仕方のないことかも知れません。

大地の再生によって一定の成果はありました。
特に、崩落斜面の水の通り道の見える化は凄いです。
透明な水が緩やかに流れるという裏に、目に見えない土中環境も相似であることが感じられます。

猪の水飲み場においては、表層の水の停滞は解消されたものの、2度の雨季によって、また除草剤の使用も相まって、ぬかるんだ状態になってしまいました。
園内道もそうですが、途中、点穴や溝を掘ったり、有機物を追加したりといった簡易メンテナンスができたら良かったと思います。
定期的、客観的な観察と、適切な時期での細かい配慮が必要でした。

もっと効果を実感できると期待してましたが、実際には自然相手にそれを可視化したり、推し量ることが難しいと感じました。
先人達の農業や土木は、それができていたから、手作業だけで広いみかん山と共生できていたと考えます。

みかん山減災の要は、現代農業人が高尚に自然と向き合えるかどうか、だと思いました。

矢野さんのドキュメンタリ映画

2022年5月現在、矢野智徳氏のドキュメンタリ映画が全国公開されています。ご興味ある方は、ぜひご覧になってみてください。

息をしている限り、まだ間に合う。

あとがき

レポートのご報告が大変遅くなってしまい、すみませんでした。
具体的なデータを計測したり、他の現場と比較したりできたら良かったのですが、写真での変化を記録するのが精一杯となってしまいました。

ご支援くださった多くの方々に心より御礼申し上げます。
また、豪雨災害1ヶ月後、5ヶ月後と吉田町へ来ていただき、減災のために活動してくださった、矢野氏に心からの敬意と感謝を申し上ます。